ちかごろは汚職事件が多いせいか、この言葉をよく耳にします。悪いことをしてもトップはなかなか捕まらない、それどころか、「トカゲの尻尾切り」とやらで、弱い者に罪を着せて、自分は平然としているという不心得者がなんと多いことでしょう。聖書には、もちろん、lizard's tail(トカゲの尻尾)なんて言葉は出てきません。しかし旧約聖書に由来する「スケープゴート」(scapegoat)は、最近では日本語として市民権を得ているようです。
三省堂の『大辞林』で「スケープゴート」を引いてみると、【(1)古代ユダヤで人の罪を負って荒野に放たれたヤギ。贖罪のヤギ。(2)他人の罪を負わされ身代わりとなる者。いけにえ。】とあります。ごていねいに、「スケープゴーティング」という -ing 形まで出ています。こちらには、【フラストレーション状態を解消するため、本来無関係な個人や集に原因を転移し、非難・攻撃すること。弱い者いじめのこと。悪玉化。】とあります。
いうまでもなく、聖書に出てくるのは(1)の「贖罪のヤギ」のことです。旧約聖書の2番目の書「レビ記」によると、アロンは、エジプト脱出物語の中心人物であった英雄モーセの兄で、代々祭司をつとめる家系の長でした。大祭司アロンは、贖罪の日に、まず自分の贖罪の献げ物として雄牛をそなえ、次にくじを引いて、2匹の雄ヤギのうち1匹は、贖罪の献げ物として祭壇に供え、もう1匹は、人間の罪を負わせて、荒野に住むアザゼル〔という名の悪霊のようなもの〕(James Moffatt Bible は Azazel the demon と訳しています)のところへ追いやりました。古代のユダヤ人は、こうして人間の罪の赦しを神に願ったのです。日本流の「トカゲの尻尾切り」とはだいぶ発想が違いますね。
Aaron will present the bull as a sin offering, to make atonement for himself and his family. Then he must bring the two male goats and present them to the Lord at the entrance of the Tabernacle. He is to cast sacred lots to determine which goat will be sacrificed to the Lord and which one will be the scapegoat. The goat chosen to be sacrificed to the Lord will be presented by Aaron as a sin offering. The goat chosen to be the scapegoat will be presented to the Lord alive. When it is sent away into the wilderness, it will make atonement for the people.